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東京地方裁判所 昭和38年(行)89号 判決

原告 大久保正次

被告 大蔵大臣

代理人 上野国夫 外四名

主文

1. 原告の請求を棄却する。

2. 訴訟費用は原告の負担とする。

事  実〈省略〉

理由

一、原告の主張第一項記載の事実は、原告の税理士登録の年月日の点を除き、当事者間に争いがなく、また、同第二項記載の事実はすべて当事者間に争いがない。

二、原告は、本件裁決は裁決としての理由を欠くかまたは理由が不備であるから違法であると主張するので、判断する。

前記当事者間に争いのない事実に基づき判断すれば、本件裁決は、国税庁長官が昭和三〇年七月一八日付で原告に対して行なつた税理士法第四六条第一項の規定に基づく税理士登録取消処分に対し、昭和三〇年八月一八日付で原告から被告に対し税理士法第五六条、訴願法(明治二三年法律第一〇五号)の規定に基づき提起された訴願に対する裁決であることが明らかであるから、行政不服審査法附則を第四項、訴願法第一四条により理由を付さなければならないことはもちろんである。しかしながら、訴願法第一四条が訴願の裁決に理由を付すべきものとした法意は、訴願人に対し裁決主文のよつて生じた理由を明らかにするとともに訴願裁決庁のし意を抑制しようとするにあるから、右の要請を満たすものと認められる程度の理由の記載があれば、必ずしもそれが裁判所の下す判決と同程度に詳細なものでなければならないというわけのものでもない。原告は、訴願の裁決は行政庁としての最終的な判断であるから、裁判所の裁判と実質的になんら異なるところがなく、したがつて、裁決においても裁判と同程度の理由の記載を必要とすると主張するが、そのように解さなければならない法律上の根拠は何もない。しかして、(証拠省略)を総合すれば、本件裁決には訴願法第一四条の要請を満たすに足りる理由の記載がなされていることが認められる。

よつて、原告の右主張は理由がない。

三、原告は、次に、本件裁決に摘示されているような税理士法違反の事実は存在しないと主張するので、以下判断する。

(一)  長崎ボデーの件について

長崎ボデーが四谷税務署長から電話加入権の差押えを受けていたこと、右電話加入権の公売期日が昭和二七年一一月四日と指定されていたこと、四谷税務署長が右公売を留保したこと、原告が同年一〇月二七日ころ長崎ボデーの代表者長崎から合計金一二三、九七三円の交付を受けたこと、原告が四谷税務署長に対し右電話加入権の差押えを解除するよう陳情したこと、原告が昭和二八年六月九日長崎に対し右金一二三、九七三円を返還したことはいずれも当事者間に争いがない。

そして、右争いのない事実に、(証拠省略)を総合すると、長崎ボデーは昭和二七年一〇月ころ金三〇数万円にのぼる法人税を滞納していて、そのため四谷税務署長から電話加入権を差し押えられ、同年一一月四日これを公売に付す旨の通知を受けたこと、そこで、長崎ボデーの代表者である長崎は同年一〇月二七日ころ原告に対し四谷税務署長と折衝して右電話加入権の公売を留保してもらうことおよびさらには長崎が他から調整して集めた合計金一二三、九七三円を前記滞納法人税の一部として納付することによつて右電話加入権に対する差押えを解除してもらうことを委任し、同日および同月二九日の二回にわたり右合計金一二三、九七三円を原告に交付したこと、右委任を受けた原告は早速四谷税務署長と交渉し、その結果公売の留保を得たのでその旨を長崎に報告したこと、原告はさらに四谷税務署長に対し右金一二三、九七三円を長崎ボデーの滞納法人税の一部として納付するのと引換えに右電話加入権に対する差押えを解除されるよう陳情し折衝したが、同税務署長の容れるところとならなかつたこと、しかるに、原告は右税務署長との電話加入権差押え解除に関する交渉経過およびその結果について七か月以上も長崎に報告せず、しかも、その間右金一二三、九七三円を長崎に返還するでもなく四谷税務署長に納付するでもなく、漫然とこれを保管していたこと、そして、原告の態度に不信の念をいだいた長崎から昭和二八年六月九日右金員の返還を求められた際にも、原告はその返還に交換条件を付する等してこれを渋り長崎の強硬な要求によりようやくこれに応じたことがそれぞれ認められ、右認定に反する(証拠省略)はいずれも信用できず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

そうすると、右認定のように、原告が長崎ボデーの代表者である長崎から金一二三、九七三円を預り、これを長崎ボデーの滞納法人税の一部として納付することによつて電話加入権の差押えが解除されるよう四谷税務署長と折衝すべきことの委任を受け、同税務署長に対し右差押えの解除がなされるよう陳情しあるいは折衝したが、同税務署長の容れるところとならなかつたにもかかわらず、七か月以上も右の交渉の経過およびその結果を長崎に報告せず、漫然右金員を自己の手許に保管し長崎の返還要求にも容易に応じなかつたことは、納税義務者の信頼にこたえ、租税に関する法令に規定された納税義務を適正に実現し、納税に関する道義を高めるよう努力すべき税理士の職責(税理士法第一条参照)にかんがみると、税理士としての信用ないしは品位を害するものであり、同法第三七条の規定に違反する行為であるといわなければならない。

(二)  国際ウインドおよびインターナシヨナルウインドの件について

(証拠省略)を総合すると、国際ウインドは昭和二七年三月ころ佐伯の紹介により原告に対し同会社の経理事務の処理を委任することになつたこと、当時国際ウインドには約八六万円の滞納法人税があり、これについて墨田税務署長から督促を受けていたこと、そこで、国際ウインドの代表者田中は早速原告に右滞納法人税の処理を相談したところ、原告は税務署に知合いの者がいるから金二〇万円を出せば右滞納法人税はもみ消してやるといい、同年五、六月ころ田中から右もみ消料として金二〇万円を受領したこと、原告は、また、それと同時に国際ウインドが右滞納法人税につき滞納処分を受けた場合のことを考慮し、田中に対し国際ウインドと同人が事実上の代表者をしている有限会社国際巧芸社を解散し、新会社を設立すべきことを指示し、同人からその手続について全面的に委任を受け、右両会社の解散と新会社であるインターナシヨナルウインドの設立手続を了したこと、しかも、右国際ウインドの解散とインターナシヨナルウインドの設立に際し、原告は国際ウインドの簿外資産であつて同会社の代表者である田中の個人名義となつていた建物、電話加入権等をいつたん同人の親族である谷一勇、馬場茂春の名義としたうえ、同人らからインターナシヨナルウインドが右物件を借り受けているもののように仮装の賃貸借契約書を作成させたこと、また、同年四月ころ国際ウインドの経理担当者である高橋が同会社の昭和二六年三月一日から昭和二七年二月二九日までの事業年度につき利益金四七五、二四四円を計上し、その七日の決算書を作成して原告に示したところ、原告は、同会社が前記のように原告の指示によつてすでに解散することになつていたので、解散する会社が利益を計上するのは不自然である旨述べ、原告みずから、国際ウインドの右事業年度の所得金額を事実に反して欠損金一六二、六七九円とする確定申告書を作成し、これをそのころ下谷税務署に提出したことが認められ、右認定に反する(証拠省略)はいずれも信用できず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

そうとすれば、右認定事実中、原告が国際ウインドから同会社の滞納法人税約八六万円をもみ消すために金二〇万円を受領したことおよび同会社をして右滞納法人税に基づく滞納処分から免れしめるため、田中に同会社を解散し新たにインターナシヨナルウインドを設立させるとともに、田中名義となつていた国際ウインドの簿外資産を同人の親族の所有名義としたうえ、これとインターナシヨナルウインドとの間に仮装の賃貸借契約書を作成させたことはいずれも税理士としての信用を著しく失墜しその品位を害する行為であり、税理士法第三七条の規定に違反するものというべく、また、原告が国際ウインドの昭和二六年三月一日から昭和二七年二月二九日までの事業年度の確定申告をするに際し、実際には金四七五、二四四円の利益があつたのにこれを欠損金一六二、六七九円として過少に申告したことは税理士法第三六条の規定に違反することが明らかである。

(三)  松本工業有限会社ほか六〇数社の本店を原告の事務所に設置させた件について

(証拠省略)によると、昭和二八年一〇月ころ埼玉県その他の場所に事実上の本店をもつ松本工業有限会社等約六〇社の法人が納税申告の便宜等のため原告の勤めに従いその本店を原告の事務所に置く形式にしていたことが認められ、(証拠省略)中右認定に反する部分はいずれも信用できず、他に右認定を動かすに足りる証拠はない。しかしながら、原告が右のように松本工業有限会社等約六〇社の法人の本店を原告の事務所に設置させていたことは、決して好ましいことではないが、これをもつて直ちに懲戒処分の対象としなければならないほど税理士としての信用または品位を害する行為であるとは解せられない。被告は、原告の右のような行為は税務官庁の管轄が本店の所在地によつて定まることとの関係上種々調査の障害になると主張する。なるほど、税務官庁の管轄が原則として法人の本店または主たる事務所の所在地によつて定まることは被告主張のとおりである(昭和四〇年法律第三四号による全面改正前の法人税法第四六条の三、昭和四〇年政令第九七号による全面改正前の法人税法施行規則第四一条参照)から、実際上の本店とは異なるものとみられる原告の事務所に右法人の本店が設置される場合には、税務官庁の調査になんらかの障害の生じることが推測され得ないではないが、それが具体的にいかなる障害であるかについては被告のなんら主張立証しないところであるばかりでなく、もし法人の本店の所在地が法人の事業の状況からみて納税地として不適当と認められる場合には国税庁長官が納税地を指定することによつて右の障害を回避することもできるのである(右法人税法第四六条の三第二項、右法人税法施行規則第四一条)から、被告の右主張はいまだ採用に値いしないものといわなければならない。もつとも、右のように国税庁長官をして納税地の指定をしなければならなくさせる場合を生じうることは、ある意味においては円滑な税務行政の運営を阻害するものであるとの見方もできないではないが、実際上の本店の所在地と異なる税理士の事務所に本店を設置させたとしても、それが円滑な税務行政の運営を阻害する目的でなされたような場合は格別、そうでない場合は、たまたま、そのことにより国税庁長官が納税地指定の手続をとらねばならなくなつたとしてもそれはやむを得ないものというべきである。しかして、本件の場合、原告がその事務所に松本工業有限会社等約六〇社の法人の本店を設置させたことが円滑な税務行政の運営を阻害するような目的でなされたものであることについてはこれを認めるに足りる証拠はない。

よつて、本件裁決が、その裁決理由として、原告がその事務所に松本工業有限会社ほか六〇数社の本店を設置させたことをもつて税理士法第三七条の規定に違反するものとして掲げたのは失当であるといわなければならない。

(四)  帳簿作成義務の件について

被告は、税務官庁において昭和二八年七月原告の事務所を調査したところ原告は税理士法第四一条に定める事項を記載すべき帳簿用紙を備え付けているのみでこれになんらの記載も行なつていなかつたと主張する。しかしながら、被告の右主張にそう(証拠省略)に照らすとにわかに採用できず、他に右被告主張事実を認めるに足りる証拠はない。

そうとすれば、被告が本件裁決において原告が税理士法第四一条に規定する帳簿作成義務を履行しなかつたものとしてこれを裁決理由に掲げたのは失当であるといわなければならない。

(五)  以上の次第であるから、被告が本件裁決において原告がその事務所に松本工業有限会社ほか六〇数社の本店を設けさせたことおよび税理士法第四一条に規定する帳簿作成義務を履行しなかつたことを裁決理由として掲げたことは失当であるといわなければならないが、それにもかかわらず、なお、原告は右(一)、(二)において認定したような税理士法第三六条および第三七条の規定に違反する行為をしているのであり、右違反行為に照らして考えると、本件裁決が原告に対し九か月間の税理士業務の停止を命じたのは結局において正当であるといわなければならない。

四、原告は、また、本件裁決は裁量権の逸脱ないしは濫用として違法であると主張するので、判断する。

(一)  原告は、まず、本件裁決は訴願提起後約八年を経過し、また、裁決理由に掲げられた事実のあつた時からは一〇年以上を経過してなされたものであるが、被告がかかる期間を徒過した後に本件裁決をなしたのは裁量権の濫用であると主張する。原告が昭和三〇年八月一八日付で被告に対し訴願を提起したこと、これに対して被告がなした本件裁決を原告が受け取つたのが昭和三八年六月二六日であることは当事者間に争いがない。さすれば、訴願提起後本件裁決がなされるまでに約八年、懲戒事由のあつた時から決裁まで一〇年以上の年月の経過があることは原告主張のとおりである。しかしながら、税理士法および訴願法は裁決の期間について格別の制限を設けていないのであるから、本件裁決が訴願提起後約八年を経過してなされたからといつて、それによつて当然に右裁決が違法となるわけのものではない。もとより、訴願法が裁決期間についてなんらの制限を設けていないからといつて、無制限に訴願に対する裁決を放置していてもよいということを意味するものではなく、訴願裁決庁としてはできるかぎりすみやかになんらかの裁決をなすべきは当然のことのであり、裁決庁が正当な理由もなく長期間裁決を放置しているような場合には、訴願人は不作為の違法確認の訴え(行政事件訴訟法第三条第五項)によつて裁決庁の不作為の違法であることの確認判決を得て裁決庁に対しすみやかに裁決をなすべきことを求めたり、あるいは、裁決庁の違法な不作為によつてもし損害を受けたとすれば、そのこうむつた損害の賠償を訴求する等のことはもとより可能である。しかしながら、右のような訴え等が可能であるということと長期間放置された後になされた裁決自体の適否とは別個の問題であり、後者は法律の規定上期間が制限されていて右期間経過後にはこれをなし得ないことが明らかである場合(例えば、国税の更正、決定等の期間制限に関する規定である国税通則法第七〇条、第七一条参照)にはじめて問題となることであり、そのような場合でないかぎり、長期間経過後になされたものであるということは、当該裁決自体の適否ないし効力に影響がないものと解すべきである。原告がその主張の論拠として援用する憲法第三七条第一項の規定あるいは刑事手続における公訴の時効ないし刑の時効の制度はいずれも刑事裁判に関する規定ないしは制度であるから、本件のような訴願手続については適切でない。のみならず、仮に右憲法第三七条第一項の規定の精神が訴願手続についても類推されるべきものとしても、右規定は国家に対し被告人の有する公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を侵害するような措置をとることを禁ずるとともに被告人の有する右の権利を実効的なものとするような措置をとるべきことを要求するにとどまるものであり、それ以上に裁判が遅延した場合にそれによつて直ちに裁判が違法になることを定めたものではないから、訴願の裁決が遅延したからといつてそれによつて当然に当該裁決が違法となると解すべき根拠とはなり得ない。また、原告はその主張の論拠として行政事件訴訟法第三条第五項に規定する不作為の違法確認の訴えの制度の存することを挙げているが、右不作為違法確認訴訟制度の存することはなんら原告の主張の論拠となるものではない。けだし、不作為の違法確認の訴えの制度は、行政庁が法令に基づく申請に対し相当の期間内になんらかの処分または裁決をすべきであるにかかわらずこれをしない場合に、判決によつて行政庁の右不作為の違法であることを確認し、もつて行政庁をしてなんらかの処分または裁決をさせることを目的とするものであり、かくしてなされる処分または裁決自体が違法であることを前提としたり、あるいは、これを違法ならしめる趣旨を有するものではないからである。原告は、また、税理士法第四条の規定においていつたん資格を喪失した場合でも三年ないし五年を経過したときは再度資格を取得することができる旨明示されている趣旨にかんがみても本件裁決のように約八年間も裁決なくして放置されていたことは違法であると主張する。そして税理士法第四条がいつたん税理士の資格を喪失しても三年ないし五年を経過すれば再度その資格を取得しうることとしていることは原告主張のとおりであるが、そのことと、懲戒処分に対する訴願裁決の遅延とは別問題であり、被告が本件裁決をなすまで約八年間これを放置していたその不作為が違法であるかどうかはともなく、本件裁決自体は被告のかかる不作為によつて当然に違法となるべきものでないことはすでに述べたとおりであるから、本件裁決を違法としなければ著しく条理、社会通念あるいは公平の原則に反するということもできない。

よつて、原告の右主張は理由がない。

(二)  原告は、次に、被告が口頭審問をなさずに本件判決をしたのは裁量権の濫用であると主張する。しかしながら、訴願の裁決をなすに当つて口頭審問をなすかどうかは原告も自認するように訴願裁決庁の裁量に委ねられているのであり、本件の場合、被告が本件裁決をするに当つて口頭審問手続を経なかつたことが右裁量権の濫用に当ると認めるに足りる証拠もない。

よつて、原告の右主張も失当である。

(三)  原告は、さらに、税理士業務の九か月停止を命ずる本件裁決は苛酷であり、裁量権の濫用として違法であると主張する。しかし、すでに前記三(五)において述べたように、右裁決は前記認定のような原告の税理士法違反行為と対比勘案するならばまことに相当であつて、特に苛酷であるとも考えられない。

よつて、原告の右主張も失当である。

五、以上の次第であるから、本件裁決が違法であるとする原告の主張はいずれも理由がない。

よつて、原告の本訴請求は失当として棄却することとし、訴訟費用については民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 位野木益雄 高林克巳 石井健吾)

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